Google Glassは何のためのものか
多くのメディアでも取り上げられているので知っている人も多いかと思いますが、2019年5月にGoogleからGoogle Glassの新モデルが発表されました。
上の画像のようなメガネ型のコンピュータデバイスで、つけてみると自分の視界の右上に小さなスクリーンが見える、ちょっと近未来的なデバイスです。
Google Glass新モデル、企業向けに大幅アップデートし999ドルで発売。(NEWS CARAVANより)
何か、胸をワクワクさせる我々の心を捉えて話さないのは、なぜでしょう。Googleも別に見た目がかっこいいから、大金を投資してドラゴンボールのスカウターのようなものを作っているわけではありません。
では一体、Googleはこのデバイスを使って何をしようとしているのでしょうか。
米国株に投資する人の中には、Googleなどのテクノロジー株を買っている人もいると思いますが、この分野に詳しくない人はイマイチGoogle Glassの狙いをイメージできない人も多いかと思います。
それもそのはずでGoogle Glassには一度失敗して再出発したややこしい経緯がある上、近年のGoogleの会社としての方針もあって、理解が難しいのが現状です。
この記事ではGoogleの近年の戦い方を説明し、その中でGoogle Glassを使って何を目指そうとしているのか考察します。
Googleの近年の戦略と、その中でのGoogle Glassの位置づけ
IT大手企業は今、大きく2つ戦場で争っています。従来から行われてきた「スクリーンを巡る戦い」と、Googleなどが挑んでいる「ネットと現実の融合の新領域開拓」の2つです。
1つ目の「スクリーンを巡る戦い」は、Facebookなどのように広告収入を増やすために1秒でも長く自分たちのアプリがユーザのスクリーンを占拠している時間を大きくしようとする戦いです。
また、ネットフリックスは広告モデルではないものの、1ヶ月でも長いことを飽きられずに自分たちの動画配信を見てもらうためにユーザの視聴時間を計測して、1分でも1秒でも長く見てもらうための作品作りをしており、多くのIT企業はスクリーン時間を長くしようと奮闘してきました。
一方で、2つ目の戦いは「ネットと現実世界の融合の新領域開拓」です。GoogleやAmazonはIT企業が従来から繰り広げてきたスクリーンを巡る戦いからは距離をとって、まだ他の企業も挑戦していない「身の回りの機器をAIとネットでつなぐ新領域」に戦いの場を移しています。
象徴的なのはスマートスピーカーですが、Google関連会社Waymoが開発している自動運転のWaymoもネット上の地図データとAIを使って現実世界の車をコントロールしているため、この分野での挑戦になります。
Netflixのスクリーンを巡る戦い。スクリーンの外に飛び出し始めたGoogleとAmazon
上記の記事に詳しく下記書きましたが、Googleが戦い方を明確に変えたのは2016年からです。
CEOであるピチャイ氏が「グーグルはモバイルファーストからAIファーストの世界へ移る」「スマートフォン、ウェアラブル(時計など持ち運べる電子機器)、自動車、ホームの4分野でAIを使って賢くしていく」と公言をした後から、グーグルはGoogle Assistantを搭載したスマホ、スマートスピーカー、ホーム製品を販売し、さらにはGoogleの最先端のAI技術詰め込んで自動運転Waymoの配車サービスを始めるなど、身の回りの機器にAIを搭載して連携させるスクリーン外の戦いを始めています。
グーグルの自動運転Waymoが大きくリード。自動運転開発競争に終止符か。
Googleは身の回りの機器にAIを搭載してネットにつなぐことで、スクリーンの中のネット世界と現実世界の融合された世界を目指しており、ウェアラブルなど4分野に力を入れていますが、Google Glassはこの中でも、ウェアラブルに位置する製品です。
Google Glassが企業向け製品である理由。失敗と再出発の経緯
ただし、現在Google Glassに関してはGoogleにしては珍しく一般ユーザ向けではなく、企業向けの製品という位置づけで販売をしています。
正直、企業向け製品はGoogleの今までの勝ちパターンではありません。今までGoogleは、検索エンジンなどのように全世界のあらゆるユーザ(企業向けではなく一般ユーザ)が使えるものを作り、膨大なユーザから少しずつ広告などでチャリンチャリンと儲けるモデルを得意としていました。
いわゆる「世界の全員から100円ずつもらうビジネスモデル」です。
2013年、Google Glassが世の中で販売された当初も得意の一般大衆向けの製品として販売していた時期もありましたが、そもそもスマートフォンがどんどん普及して人々が手に収まるサイズで綺麗な画面を持ち運べるようになった時代で、Google Glassを使うと何が嬉しいのかを一般ユーザにうまく打ち出すことができませんでした。
結果、スマートフォンのようなブームを作ることができず、Googleは2015年に販売中止の判断を下し「Google Glassを使うと何が嬉しいのか」、つまり「Google Glassの提供価値」を考え直すことになります。
さて、ちなみに皆さんはGoogle Glassの提供価値ってなんだと思いますか?
読み進む前に、ちょっと考えてみて下さい。
(シンキングタイム)
さて、よろしいでしょうか?
意外にもシンプルな答えですが、Google Glassのようなメガネ型機器の良さは「両手が塞がらないこと」です。
スマートフォンやPCでは確実に手がふさがってしまいますが、メガネであれば手は空いているので、他の作業をしながらGoogle Glassを使うことができます。
そこで真っ先に思いついたのが、両手が塞がってしまうような点検作業などの仕事中でのGoogle Glassの利用シーンです。しかも、仕事中でもともとPCやスマホを使用していないユーザに対してGoogle Glassを使ってもらうなら、前述のスクリーンを巡る他IT企業との戦いも避けられるので、願ったり叶ったりです。
そこで2017年にGoogleがGoogle Glassを再度販売する際には、Google Glassの利用価値をユーザにダイレクトに伝えるために一般ユーザ向けではなく、企業向けと打ち出して再出発を図ることになりました。
Google Glassの主な利用シーン
現在では、Google Glassの利用シーンはかなり整理されつつあるように見えます。2016年ピチャイCEOのAIファースト宣言も受けて、将来的にAIも使えるような応用可能性があり、なおかつ企業向けに何が嬉しいのかを再整理した結果、Google Glassの主な利用シーンは次の2つが主流になっているように見えます。
- 利用シーン(1):現場作業員サポート
- 利用シーン(2):医師への診断・手術サポート
利用シーン(1)現場作業員サポート
1つ目の利用シーンは、工場の見回り作業員、飛行機の点検作業員、ガス・水道・電気などのインフラ周りの現場作業員による作業確認にGoogle Glassを活用する例です。
こうした現場でにGoogle Glassを使うことで、次のようなメリットが生まれます。
- 実際の点検機器を前にして、Google Glassを使って点検の作業工程を視界の右上に表示でき、点検漏れを防げる。
- 点検を確認した証拠として、画像や映像を残すことができる。
- 点検上の不明点があった場合に、Google Glassのテレビ電話機能で、熟練者に映像を見せながら相談ができる。
- 点検の映像・画像を若手育成用の資料として、残せる。
- (将来的に)異音や不振な挙動があった場合に、AIに問い合わせて回答を得られる。
このような利用シーンはGoogleに限らず、多くのIT企業で製品化していて、youtubeにもデモ動画が数多く乗っています。以下の動画は現場作業員サポートとしての利用シーンを短くわかりやすくまとめています。
メガネ越しに点検機器を見ると何をすべきかCGを使って説明してくれている様子が映し出されています。必要であれば画面左に表示されている坊主頭の先輩にテレビ電話で指示を聴きながら、無事に作業を終え、機器が動くようになったところで動画が終わります。
日本でビジネスをするITサービス企業やコンサルタント会社でも、既にこの辺の製品は数多く出していて、2020年の次世代無線通信5Gの追い風も受けて、利用が促進される分野だと思います。
FUJITSU Cloud Service Operation & Maintenance Navigation(富士通公式サイトより)
Accenture Connected Worker Solution(Accenture youtube動画より)
ちなみに日本の現場作業員サポートの話になったので、ちょっとだけ脱線すると、日本ではこの利用シーンはかなり価値が高いです。既に団塊の世代は現役を退いていて、長年現場作業を担ってきた現役の熟練作業員もこれから次々と引退をする前に、若手を育てる必要があるからです。
私も仕事の関係で、工場の元熟練作業員達に話を聞く機会がありましたが、「この音がしているときは、ここが悪い」など文書化できないようなノウハウを多く溜め込んでいることが多いです。
定年と同時にそうした企業の資産であるノウハウが流出しないよう、熟練者から遠隔支援を受けられる現場作業サポートの需要は高まっています。
ただし、この利用シーンは実はGoogleにとっては「やや筋が悪い」です。
現場で確認すべき作業は各社違いますし、将来的にAIが異音を検知しようにも「何が異音なのか」は現場によって違います。Googleにとって美味しいビジネスとは、一度製品を作ったら他のあらゆる現場でも使えることですが、それができないので、上記のようなアクセンチュアなどの他の企業が深く介入して、各企業向けのカスタマイズする必要が出てしまいます。
そうなるとGoogleの利益がぐっと減ってしまうのです。
利用シーン(2)医師の診断および手術サポート
さて、どんな現場でも同じような作業をしてるほうが、Googleにとって美味しいビジネスだという話をしましたが、そうなると医療現場ほどふさわしいものは無いでしょう。
先程の異音の例のように、肺がんのCT検査結果としてある医療現場では悪性の腫瘍と判定した影が、別の医療現場では異常なしの検査結果になってしまったら、それこそ問題です。
医療現場にGoogle Glassを使った場合には、次のようなメリットが生まれます。
- 患者と対面して診察をしながら、視界の右上にGoogle Glassによって患者の過去のカルテを閲覧可能
- 手術中にメガネを装着し、Google Glassのテレビ電話機能使って、手術の熟練者のアドバイスを求めながらの手術が可能
- 手術中にメガネが取得した映像や画像を、若手医師への教育用資料として蓄積
- (将来的に)Google Glassの搭載の人工知能(AI)にCT画像の読影を指示し、AIにがんの検知を依頼
最後の(将来的には)と書いた人工知能を使った癌診断については、研究初期段階ながら既に人間の放射線科医師の技量を上回る診断結果を出せる技術を既に、Googleは持っています。
Google、研究初期段階ながら放射線科医以上の肺がん検知AIを実装。(NEWS CARAVAN)
人間の医師でも判別が難しい肺がんを検知できている点は、驚きです。
まとめ
さて、だいぶ長くなってしまったので、最後にこの記事のまとめをしたいと思います。
新モデルを発売したGoogle Glassの一体何が嬉しいのかを考えるのが、この記事の目的でした。
Googleはかつて一般大衆向けに販売したものの、「何が嬉しいのか」うまく訴求できずに、販売が不調に終わった苦い経験を活かし、近年では両手が塞がる仕事上の利用シーンに着目して製品を作っています。
その主な利用シーンは現場作業支援と医療現場支援ですが、特に医療現場はGoogleが別途研究している人工知能を使った癌検出などと相性が良く、注目を集めています。
Google Glassは持ち運べる電子機器としてウェアラブルの1つに分類されますが、ウェアラブル機器と医療は極めて親和性が高いことでも有名です。
同じくウェアラブル端末で世界有数のシェアをもつアップルのApple Watchには、今後医療分野でのビジネス化に大きな期待が集まっており、Googleも程無くてその分野に進出することが、研究内容やGoogle Glassの新モデル販売から見ても堅いと思われます。