IBMクラウド方針転換
今週はIBMのイベントThink 2019が行われていました。初日からAIと人間のチャンピオンによるディベート対決が行われるなど、見応え充分な内容でした。
その他、このイベントの注目を集めたのは、CEOのジニーロメッティの基調講演です。今までIBMのクラウドで提供していたAI(Watson)を、他社クラウドでも実行可能にすると発表して、これを聞いた人達は軽くざわめきました。
これはIBMのクラウド戦略の大きな方向転換を意味します。ただ、このニュース記事は相当な数を読みましたが、「他社クラウドからWatsonが使える」という報道ばかりで、なぜIBMがそんな手を打ってきたのかという”狙い”をきちんと解説している記事が全く見当たらなかったので、頑張ってここで解説しようと思います。
従来のクラウド戦略
今まで、WatsonのAIはIBMのクラウドを使ってもらうための呼び水でした。もともとクラウドはインターネット経由で手軽にコンピュターを使うだけなどので、アマゾン、マイクロソフト、IBM、グーグルのどこのクラウドサービスを選んでも、機能的に大きな差が出にくいものでした。
そこで各社は差がつきにくい中でも、なんとか差を出して自分のクラウドを選んでもらおうと独自機能をくクラウドで提供しようとしてきました。IBMにとって自分のクラウドを使ってもらうための独自機能が、AIのWatsonだったのです。
その独自機能を他のクラウドでも使えるようにしたことは、明らかな方向転換です。一見するとIBMのクラウドでなくてもWatsonが使えるなら、顧客はIBMクラウドから離れていく気がします。
それを読み解くための背景として、近年のクラウドの使われ方について理解する必要があります、
マルチクラウド化する企業システム
さて、クラウドは皆さんご存知の通り、アマゾンのAWSが市場シェア1位で、2位のマイクロソフトAzureを突き放して、独走しています。
こうした状況が面白くなかった2位マイクロソフトや3位IBMなどの企業は、
「アマゾンAWSに何かの障害が起こったら、システムが止まって業務が続けられなくて困りますよね。」
「アマゾン1社だけにどっぷり浸かったシステムを作っていると(ベンダーロックインしていると)、他社クラウドの長所を取り込むことができないですよね」
などと言って、アマゾンを契約している企業に対して、自分のクラウドも併用してもらうように営業を欠けまくりました。こうして、マルチクラウドと呼ばれる2社以上のクラウドを使う状況が生まれました。
<メリット>
- 各社の独自のクラウド機能をいいとこ取りできる。
- 1社クラウドが故障しても、別のもう1社のクラウドで業務を続けられる。
<デメリット>
- 2社以上契約するので、高コストになる。
- 複数企業のクラウドを浸かった場合に、障害に遭遇する確率があがる。
- 運用が倍以上大変になる(これ本当に大変です。私が現場なら絶対にやりたくないです)
マルチクラウドのデータを集約する需要
さて、こうしてマイクロソフトやIBMの頑張りによってマルチクラウドが流行ってくると、致命的に困ったことが生まれ始めます。現代のITではデータが命だと言われていて、データ分析したり、AIをより賢くするために大量のデータが本来必要なのですが、そのデータが各社クラウドにバラバラに存在していて、一度どこかにまとめないと活用できないのです。
そこに目をつけたのが、IBMです。マルチクラウドでバラバラに蓄積されているデータを1箇所にまとめて管理し、分析に活用できる製品(製品名:IBM Cloud Private for Data:ICP4D)をリリースしており、最近はこの製品の機能拡張に力を入れています。
この製品(ICP4D)はIBMクラウドでなくても、アマゾンなどの他社クラウドでも、クラウドでないマシンにも入れることができるソフトウェアです。そしてThink 2019で発表があったWatson(AI)が、他社クラウドでも使えるようにしたというのは、まさにこの製品(ICP4D)でWatsonを使えることを意味しています。
もっとも重要であるデータ管理を握りたいIBM
今まではIBMクラウド上でWatsonを独占的に提供していたのを、データ統合製品(ICP4D)でもWatsonが使えるようにしたところを見ると、IBMはマルチクラウド化する流れを見越して、企業のデータを集約する部分を握りたがっていることがわかります。
データをうまく握れば、その応用であるデータ分析サービス、AIサービスもIBMのものを利用してもらえる可能性がぐっと高まり、芋づる式に製品サービスを利用してくれればIBMとしては狙い通りの展開です。
こうした複数クラウド製品の情報を統合することに目をつけて製品化している企業は、まだ多くありません。アクセンチュアが複数のクラウドを接続して、データを蓄えるAI HUBを2018年に発表したくらいですが、まだまだライバルは多くありません。
IBMのジニー・ロメッティCEOが言っていたように、これから企業は基幹システムなど、今まで以上に社外に出せないような重要データを扱うシステムをクラウド化する対象とする状況が増えてきます。(この状況をジニーはクラウド第二章と呼んでいました。)
この場合は、さすがにデータはクラウドに保存できないことが多く、社内システムとマルチクラウドでデータ点在するデータを集約したいニーズが高まることが予想されます。
クラウドで「次の金のなる木」は、このデータ集約部分だとIBMは考えているのです。